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関東大震災の素顔


全体の被害

 関東大震災といえば、日本人なら誰もが知っている大震災ですね。東京一面が火の海になった。10万人前後の人が亡くなった。 東京が中心の大地震だった・・ というイメージが強くあります。
 確かに被害実態はそうですが、そのデータを細かく読んでいくと、そのイメージとは全く違った関東大震災の素顔が浮かんできます。その前に、まず全体の被害像を知っておきましょう。
・罹災:一府六件、当時の人口1175万人(現在4000万人)
・マグニチュード:7.9(阪神大震災:7.3)
・死者、行方不明:104,619人(阪神大震災:5,502人)
・家屋被害   :296,206戸(阪神大震災:100,282棟)

府県
家屋
死者
全壊
焼失
東京府
16,684
300,924
70,387
神奈川県
46,719
237,338
32,838
千葉県
12,894
0
1,346
埼玉県
315
0
343
山梨県
20
0
22
静岡県
150
0
444

・当時は東京都ではなく、東京府と呼ばれていました。そして、東京市。
・被害データの資料は複数あり、どれが正確とも言えません。
 ここでは、主として横浜市教育委員会所蔵の「横浜市震災誌」より推定しています。
・当時の統計は建物棟単位ではなく、世帯戸数単位での被害戸数のようです


被害象
 関東大震災の死者の多くは、火炎流による焼死者で、たった一箇所で死者3万8千人とも、4万4千人とも言われる焼死者を出したのが、当時の本所区横網町(現在の墨田区の一部)にあった本所区被服廠跡。2万430坪の敷地の中で火炎流にのみこまれて死亡したのです。また、上の表を見ると家屋の損害も、地震による倒壊よりも火災による焼失が圧倒的に多いのが分かります。つまり、火災被害が関東大震災の大きな特徴なのです。
 そして、東京府の死者数7万人も、本所区被服廠跡の4万人をきわめて特異な例として考えれば、東京府の死者数は約3万人となり、神奈川県の方が死者数が多いのです。(神奈川県の死者も過半が焼死です。)
 つまり、地震自体による建物倒壊や死者は、東京府ではなく、神奈川県の方が多かったのです。


震源域と震度
 では、関東大震災の震源はどこでしょうか。右図左のように、東京直下ではなく、震源地は神奈川県三浦半島付近です。そのために、震度7の震度地域は今の鎌倉市から小田原市に至る相模湾岸を中心とした地域で(右図右)、被害の大きかった横浜市や東京市などは、震度6程度てあったと推測されています。


実際は、相模湾沖地震
 結局のところ、横浜や東京で大火災が発生し、特に本所区横網町の焼死者数が多かったために、あたかも東京におこった大地震ととらえがちですが、実際には相模湾沖地震とも言うべきものなのです。
 そして、大火災の原因は、当時普及が急ピッチだった水道管からの消火活動が出来ると過信した結果、地震で水道管が断裂し、さらに折からの強風(風速10〜15m)によって、随所で発生した火事に消火活動が追いつかなかったことが原因なのです。


安政江戸地震(1855年)
 よく比較に出される地震に安政江戸地震があります。 資料では震度6強と推定され、関東大震災の震源域とは異なる江戸直下型地震です。同時の江戸の人口は130万人ほど(関東大震災の同面積の東京市の人口は、約220万人)で、倒壊した家屋は約15,000〜16,000、倒壊が原因で死亡した人は5,000人前後、火事で焼死した人は、3,000人前後と、いずれも関東大震災の被害よりも少ないのです。
 江戸時代に比べて大正時代の方がはるかに消防能力は優れていたものの、地震によって水道管が破裂し消防力はほとんど無に帰していた。さらに家屋の密集と強風により大火災となったのです。


関東大震災の始まり(吉村昭・菊池寛受賞作、関東大震災より抜粋)
 大正12年9月1日午前11時58分44秒。比較的緩やかに地震計がふれはじめた。しかし、緩慢だったのは5秒ほどで、針はにわかに急激な動きを示すようになり、地震計の針が動き出してから15.6秒後には、想像を絶した激烈さまでに高まった。関東大震災が始まったのである。
 初振は、ガタガタドーンという感じで、この時間は三、四秒から長くも六秒と思われた。そして、その後いったん鎮まって二十秒後に本震が襲ってきた。本震の続いた時間は、二、三分と推定される。この間は、だれも立っていることは出来ず 、まして歩くことなど不可能であった。家屋は、ほとんど倒れた。近隣の人々の話を聞くと、或る者は土地がグルグル廻ったと言い、或る者は土地が波打っていたと表現した。震動は上下動と水平動の混じり合ったもので、それらはきわめて激烈なものであった......。


■焼死者
数百人単位で焼死した場所は下の通り

場所 焼死者数
本所区被服廠跡
44,030
>浅草区田中小学校敷地内
1,081
本所区太平町横川橋北詰
773
本所区錦糸町駅
630
浅草区吉原公園
490
本所区被服廠跡は、2万坪の土地(260m角の広さでしかない)


■焼死地図(東京・横浜)
(クリックすれば拡大図)

拡大図は、約1/60,000


■震源域と全壊家屋の場所(左)と震度図(右)
(クリックすれば拡大図)


■安政江戸地震との比較
人口比で考えると、如何に関東大地震の被害が大きかったかが分かる

. 安政江戸地震 関東大地震
人口
130万人
>220万人
死者数
8,000人
70,000人
被害家屋
16,000戸
180,000戸
発火場所
66箇所
84箇所
焼失面積
62万坪
1160万坪


■東京の6割は火の海
この地震で、東京市の4割の土地で火災となり、8割の家屋が焼失したと言われている。横浜市の火災も289箇所から出火している


■津波
関東大震災では、沿岸の随所で大きな津波が発生しています。
・大島・岡田:12m
・伊豆半島・伊東:12m
・房総半島・布良:9m
・三浦半島・剣ヶ崎:6m
・鎌倉:3m

 



全く異なる災害
 関東大震災では、水道管が張り巡らされるなど、防火設備は江戸時代よりも進化していながら、江戸時代に防火のために設けられていた大通り(広小路)にも住宅を建て、水道管を過信し、むしろ退化した防災思想によって大火を招いてしまったとも考えられています。
 そして、東京・横浜クラスの大都市の直下型地震の経験は世界広しといえども、どこにもありません。ロサンゼルス地震は、マグニチュード6.7、死者61名で参考にはなりません。
 消防設備なども最近では防火水槽などが整備され、建物の不燃化と相まって、テレビが煽り立てているような火炎流や大規模火災の発生リスクは少ないでしょう。
 しかし、大地震が起こったとき、新旧入り乱れた建物が混在し、未だに狭い道が入り組んでいる東京や横浜の都市部の弱さは消防設備の脆弱さではありません。
 古い建物が倒壊して路地を塞ぎ、救急車や消火活動の妨げとなる活動障壁が至るところで出来、その結果孤立地帯が生まれるという、面ではなく細かな孤立点が点在する今まで全く違った被害が数多く発生するものと考えられます。
 さらに高層ビルや深深度に巡らされた膨大なインフラ網を考えれば、もし、大地震がおこれば、私たちの想像を超えた予想外の被害が広がっているのかもしれません。

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