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・インデックスページ・・ ●住まいの雑学 ●災害に備えて ●地下室のチェックポイント ●高齢化のための住まい ●環境に優しいエクステリア ●ホビーライフ ●水道代削減の中水利用 ●定期借地権のQ&A
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それは、家→道路側溝→下水や河川→海へと流れる部分のどこかが疲弊してきているのかも知れません。 1.広がりつづける宅地化 4.堤防のシロアリ。 |
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台風23号によって氾濫した兵庫県、豊岡市を流れる水の変化はどのようなものだったのでしょうか。 円山川の警戒水位は4.5m。危険水位は6.5mです。
■どうして普段の情報で有事がわかるのか。 いつも雨雲の様子を眺めていると、台風23号の時の雨雲が、今までの台風と全く異なり、とぎれなく、絶え間なく、隙間無く、しかも、台風が通り過ぎた地域でもずっと雨雲がかかっていたのがわかります。それをみれば、いつもの台風や豪雨と異なっていることがすぐにわかります。 『この台風はいつもと違う。』 大切なのはこのことなのです。 『いつもと違う・・を知るためには、普段の何気ない情報が大切なのです。』
・気象庁/過去のデータ(気象庁、電子閲覧室) |
| 平成12年9月に発生した東海豪雨はどうだったのでしょうか。 平成12年9月11日から12日にかけて、日本付近に停滞していた秋雨前線は、台風第14号からの暖かく湿った気流の流れ込みにより活動が活発となり、東海地方は愛知県を中心に記録的な大雨となりました。 このため、市内河川では、西部を流れる一級河川新川で左岸堤防が破堤したのを始め、破堤3箇所、越水17箇所の被害が発生しました。 浸水等による住家被害は、全壊4棟、半壊98棟、一部破損18棟、床上浸水9,818棟、床下浸水21,852棟(平成13年3月30日現在)に及び、市内の約37%が浸水し広範囲で内水・外水被害が発生するなど、伊勢湾台風に次ぐ浸水被害となりました。また、がけ崩れ(市内で87箇所が発生)により1名が犠牲になったほか、合計で51名の死傷者(死者4名、重傷者13名、軽傷者34名)が発生しました。( 名古屋市ホームページより引用)
このときの水位の変化も劇的です。時間当たり80〜100mmの驚異的な集中豪雨の後、わずか6時間程度で、名古屋市の広い地域に災害をもたらしています。 ちょうどこの時、私は東海道新幹線の名古屋駅の手前で立ち往生となり、それから24時間、新幹線の中で缶詰を食らったのでした・・・ 『当時者は何もわからない』のごとく、新幹線の車内では、何が起こっているのかさえ、わからないのでした。 水害は、ぼんやりしている時間などありません。 洪水、堤防の決壊、いずれも警戒水位から、危険水位に上昇するまではあっという間です。 1〜2時間の判断が生死を分けるのが水害です。 |
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平成7年、阪神大震災が起きたとき、私の自宅は、震度7を記録した神戸の西隣の街、明石市に居住していました。 とりあえず電気が来ているので、いつも通りポットでコーヒーを入れ、オーブントースターで焼いたパンを食べ終わると、テレビを見ても、地震関係の映像による速報は無く、神戸で震度7の地震があったと速報(テロップ)を流しているだけです。そしてなんと、通勤しようとヒョコヒョコと、最寄りのJRの駅まで徒歩で向かったのでした。 もちろん、途中でも倒壊した家屋も、倒れかかった家屋も、火事もなく、普段に近い感じで駅に着いたのですが、駅の構内では、地震により、電車が止まっている。との案内で、「まぁ、そのうち復旧するだろう」と軽く考え自宅に戻ったのでした。 |
| 下の図は、阪神・淡路大震災の神戸周辺の被災地と、新潟県中越地震の被災地の主たる被害を受けた地域のマップですが、どちらも地震の被害を受けたのは、半径30〜60kmの比較的狭い範囲です。 別の項で『当事者はわからない』というタイトルがありますが、大きな災害のまっただ中にいると、どのような被害が、どの地域で、どの程度起こっているのかは全くわかりません。 そして、避難生活やインフラが破壊された苦しい生活を送っていても、実は、その場所から20kmも離れれば、全く普段の日常生活がおこなわれています。電車もバスも普通に動き、通勤をし、スーパーやデパートに買い物に行っています。
そして、多くの被災者が災害発生からしばらく経ち、何らかの理由で一時的にせよ、今の被災地を離れて、何気ない普段の生活をしている街に出て感じることがあります。それが『疎外感』です。 |
| 『20Km先は別世界』で述べているように、災害では被災地から少し離れるだけで普通の生活をしています。被災地のスーパーが被災して営業していなくても、日用品の一部が不足していても、20kmも離れれば、何不自由しない物資が揃っています。 同様に、被災地に救援物資を運ぶのも道路です。また、道路の下には例外なく、水道、下水道、ガス管など通っています。 つまり、今、自分の置かれている場所が、いろいろな方向に出やすい場所なのか、袋小路の場所なのかによって、救援物資もインフラの復旧も、物資の買い出しも大きく異なってきます。 下の左の図は、いろいろな道路に囲まれた住宅地です。右の図は、住宅地に入る主要な道路が1本しかない住宅地です。必ずしも、道路が被災し、道路の下の水道やガス管が破壊されるとは限りませんが、住んでいる場所から、複数の道路を使って移動できることは、災害を受けた後の対処が大きく変わってくることに違いはありません。 いざとなったら、他の地域に自動車で避難できる複数のルートがあるか。袋小路の土地かによって、災害対策も違ったものになってくるでしょう。 |

| 災害に強い住宅地とは、単によう壁がしっかりできている。広い道路がある。というだけでなく、複数の道路を通って移動できるという地形的要素も大きな要因のひとつになります。 |
| 阪神・淡路大震災と新潟県中越地震では、地震の起こった地域の生活スタイルが違うため、同列の比較はできませんが、移動が電車を中心としていた神戸市の被災地で、震災後2〜3年間以上も定着していた服装があります。 それは、運動靴、帽子、マスク、リュックサックという、いわば軽い登山に行くときのスタイルに似た被災地ルックです。 このスタイルは、電車やバスが寸断される土地災害では、徒歩でなければ移動できないため、動きやすい運動靴やスニーカー。解体や復旧工事のすごい粉塵から喉を守るマスク。災害発生当初の万が一の落下物からや埃から頭を守る帽子。ガレキが散乱する危険な道を歩くときに両手がつかえるリュックサック。そして自動販売機も動いていないための水筒。 そう。実は山歩きに近い服装が都市型災害にはうってつけの服装なのです。 電車もバスも動いていない。歩く道は凸凹。ゴミとガレキの山。頭上も注意。自販機なんか動いていないょ。 新潟県中越地震と異なり、都市型災害では自動車は移動手段として、あるいは避難生活の場所としてほとんど使えません。都市では新潟県中越地震のように自動車を避難場所として多く収容する場所などどこにも無いからです。(阪神大震災の神戸、阪神地域では、敷地が狭く、建物の被害も大きかったため、自動車での避難生活はほとんどありませんでした。) |
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台風23号で市街地の過半が水没した豊岡市の市長は、国土交通省の河川事務所から、警戒水位を超え、危険な状態になりつつある。という連絡を受けながら、その予測データを実感できず、避難勧告を出すのが遅れました。 安心、安全、快適、便利な生活は、危機を知らせるシグナルも見落とし、鈍感な五感をつくり、反対に少しの刺激で過敏に反応する現代人をつくり出しています。 鈍感で過敏な現代人です。 霞ヶ関の官庁街には『75日の法則』があるようです。 「売れるのは今のうちだけさ。飽きっぽい日本人だもの。」 と冷ややかに防災グッズメーカーは思っているかも。 どことなくぼんやりと他人事。 でも刺激には敏感。そんな人ほど危機管理は不向きですね。 どろんこ遊びをしない・・腸内細菌の免疫力の低下 かけっこをしない・・・・基礎体力の低下 テレビゲームに夢中・・・対人関係の希薄、コミュニケーション能力の欠如 柔らかなハンバーガーをかじる・・噛む力の低下=体力、消化能力低下、基礎疾患の増加 簡単に言えば、すぐに風邪をひく、ひ弱な子。 |

