|
石油と地球温暖化 2009.08
地球温暖化が言われて久しいですが、少し前までは地球温暖化の疑い・・程度の話だったものが、ついに地球温暖化が規定の事実として受け止められようとしています。
そのせいか今年はゲリラ豪雨、冷夏など異常気象の夏となりました。
そんなとき読んでいたある本の一つの行が大変気になりました。
それは、
「太平洋戦争を開戦した前日の日本の石油備蓄量は、4,300万バレル。今日の消費水準からすれば10日程度の微々たるものであった」という記載でした。
読んでいた本自体は1985年に書かれたものですが、改めて調べると次のような事が浮かんできました。
太平洋戦争は、アメリカが日本に対して石油の禁輸措置を取ったことが開戦の直接の引き金であることはよく知られた事実ですし、当時から石油が輸入出来なくなれば、日本の石油は2年程度で枯渇すると言われていました。
そのために南方に資源を求めて開戦を決意した・・というのは、太平洋開戦を語る象徴的な話です。
しかし、逆に考えてみると、開戦前日4,300万バレルの備蓄と、日本で1年間に生産できる石油200万バレルを足した、わずか5,000万バレルに満たない石油で、日本は2年間も民間需要と戦争のための軍需需要を賄えた・・ということになります。
年間に直せば2,500万バレルです。
2,500万バレルと言っても、その量の見当をつけることはなかなか出来ませんね。
少し現在と比較をしてみましょう。
2006年の民間備蓄、政府備蓄を合わせた量は167日分。その量は8,974万klとなっています。−(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料より−
1バレル=0.159kl
太平洋戦争開戦当時の石油備蓄量は、4,300万バレル=683万kl。その後の国内生産を含めても2年間で備蓄が底をつくという話から、大雑把な年間消費量は約2,500万バレル=400万kl程度と推定されます。
現在(2006年)の備蓄量から換算した石油の年間消費量は、
8,974÷167*365=19,614万kl
当時のデータの正確性など、多少の誤差はあるとしても、それでも太平洋戦争当時、日本は戦争という多量に石油を使うことをしながら、年間わずか400万kl程度の石油消費ですんでいたのですが、65年後の2006年にはその49倍、19,614万kl(推定)もの石油を消費しているのです。

.
『そりゃ。これだけエネルギーを使えば、地球もおかしくなるわなぁ』
『石油が無くなると騒ぐのも無理無いなぁ』
というのが、この数値を計算していだいた私の感想です。 .
私は戦後生まれですから、戦後直後の事情は想像することしか出来ませんが、それでも太平洋戦争当時の映画やドラマから想像すれば、家庭に電気があったのは、せいぜい照明のための電球とラジオ程度だったはずです。
テレビもエアコンも冷蔵庫も、ましてや炊事のためのガスすら無かった時代です。自家用車など皆無に近かったでしょう。
そして今、もういらないというぐらいの家電製品や文明の力に囲まれています。
地球温暖化の原因は石油だけではありませんが、終戦後たった60余年で当時の50倍近い石油を消費しつつ、経済の発展や快適な生活を得たのですが、そのしっぺ返しは地球温暖化という現実となってかえってきたようです。もちろん地球温暖化は、日本の石油消費だけが原因ではありませんが、人類が、この数十年間の間に膨大なエネルギーを消費し続けていたことは事実ですし、Co2を含むその廃熱が結果として地球温暖化となり、異常気象になっているのでしょう。
ここでことさら環境問題とか、省エネ云々を言う気はさらさらありません。
60数年前、今で言うたった10日分の石油のために戦争を起こしました。
いいえ。今の10日分で、2年間も戦争が出来た時代とも言えます。
でも今の時代、当時の50倍という膨大な量の石油を使っていることは知っておくべき事実なのでしょう。(当時の1年間の消費量をたった数日で消費する時代ともいえます)
すくなくとも今こうしている間でも、快適な生活のためにエアコンが一生懸命働き、その廃熱が空気中に排出されて、外の空気を暖めていることだけは間違いのないことなのです。でもエアコン無しの生活なんて考えられません。自動車のない生活も考えられません。
誰が悪いのでもない。でも自然のしっぺ返しがこの程度で終わるなら良いのですが。。。
・読んでいた本
「マクロ経営学から見た太平洋戦争・・PHP新書・森本忠夫著」
・補足・・ここで言う備蓄とは、戦前、今日とも、石油及びその精製品の両方を含んでいます。
また、開戦当時の備蓄量や使用量について諸説ありますが、それぞれ当たらずとも遠からずといった程度の誤差なので、上記の本のデータを使用しています。
|